イオン液体研究会 CIRCULAR

Topics

2023.09.30 circular No.21
イオン液体を利用したエレクトレット材料の開発

一般財団法人電力中央研究所
小野 新平

1.はじめに

イオンは最も身近にある材料の一つである。そして、全ての生物はイオンを活用して生命活動を行なっている。人間は生命を維持するために、NaやKイオンを利用して身体の水分量を制御することで循環器を“維持”し1)、Caイオンを用いて痛みなどの情報を“センシング”している2)。また、イオンは生体機能(例えば骨や歯など)の“修復”にも用いられており3)、人間の高度な生命活動の全てにイオンが関係しているといっても過言ではない。この様に生物内では高度なイオン制御を行なっており、また、イオンの持つ潜在能力は想像以上に多岐にわたっている。しかし、人類はこれらの高度なイオンの制御技術、およびイオンの機能を積極的に活用することがほとんどできていない。現時点で、イオンの機能を利用したデバイスとして実用化まで進んだのは電池やコンデンサといった“エネルギー貯蔵機能”(電気化学反応やイオン蓄積と放出)だけに留まっている。
我々は、「イオンの電気二重層を利用して新しい材料物性を探索する」という目的で、イオン液体に電圧を印加した際に形成される電気二重層を利用した材料の新機能創発と、その機能を利用した新規イオンデバイスの研究を行っている。電気二重層の作り出す超強電界を利用することで、イオン液体―材料界面に多くの電荷を誘起することができ、材料の物性を大幅に変調することができるようになった。このようにイオン液体の持つ多彩な性質を利用することで、イオンの持つ潜在能力を引き出すだけでなく、その機能を利用した多数の新規デバイスを実現できるようになった。本稿では、イオンを利用した電気二重層エレクトレット(永久電荷)材料に関しての紹介を行う。一般的にはイオン移動度を向上させる研究が盛んに行われているが、それとは逆転の発想で、あえてイオンを固定化し永久電荷として利用することに挑戦した。


2.イオン液体が作り出す電気二重層
電気二重層とは、電解質を電極で挟み電極間に電圧を印加すると電解質の中でイオンの移動が起こり、正極には負イオンが負極には正イオンが蓄積された状態のことをいう。電気二重層の厚みは、イオンのサイズや構造によって決まるが、およそ1 nm以下であると言われている。印加した電圧は、電気二重層を形成しているイオンと電極の間にかかることから、イオンと電極の間の界面には超強電界を誘起することができる。例えば、1 Vの電圧を電解質に印加するだけで、電気二重層と電極の間には、10 MV/cmという超強電界がかかる。この強電界が電極の表面で終端されるため、多くの電荷を電極の界面に蓄積することができる。この原理を利用したのが、電気二重層キャパシタであり、一般的な固体絶縁体を電極で挟んだキャパシタの100倍以上の電荷を蓄積することができる。電解質としてイオン液体を利用した場合、電気二重層の静電容量は、現時点では最大10-4F/cm2程度であり、キャパシタに蓄積できる電荷は最大1015/cm2まで達することが報告されている。4)-6)

図1 電気二重層を利用した電界効果トランジスタの概念図


我々は、このイオン液体の電気二重層の作り出す超強電界を利用して材料の新機能探索の研究を行なっている。イオン液体を利用した電界効果トランジスタ構造(図1)を用いることで、半導体材料の金属―絶縁体転移の制御、磁性金属材料の磁性制御の研究などの新規物性探索を行った。一般に電界効果による電荷注入が可能な材料は、半導体、もしくは絶縁体に限られていたが、イオン液体の電気二重層を用いることで、金属へも電荷注入を行うことが可能となり、それに伴って金属の物性制御も行える様になった。これは、固体ゲート絶縁体を用いた電界効果と比較して、100倍の電荷注入が行えることによる。また、これらの機能を利用して、超低電圧駆動が可能で、高い電荷移動度を実現する電界効果トランジスタ7), 8)、磁化方向の制御を利用したスピントロニクスデバイス9), 10)、熱電変換素子11)などの新規イオンデバイスを提案した。さらに、イオンを積極的に移動させることで、自己組織PN接合の形成を利用した発光デバイス12)、正負のイオンサイズの差を利用したアクチュエータ13)などの作製などに成功した。
これらのイオントロニクスや二次電池の研究では、“如何にイオンを移動しやすくするか”に注力して研究が行なわれている。高いイオン移動度が実現できれば、デバイスをより高速に駆動することや、高速で充放電をすることができるというメリットがある。例えば、イオン液体の静電容量の周波数依存性を測定すると、低周波数から100 kHzの高周波まで静電容量が高い状態を維持している。このことは、100 kHz程度の周波数まで、イオンが印加した電圧に追随して移動して、電気二重層が形成されていることを意味する。100 kHz以上の高速で電界効果トランジスタを駆動するためには、更なるイオン移動度の向上が求められる。そのために、イオン液体の低粘性化や、イオンの乖離度を向上させることで、高イオン移動度の実現を目指した研究が行われている。

3.電気二重層エレクトレットの作製

次に、イオン液体を用いた電気二重層の研究の発展形として、あえてイオンの動きを“固定化する”という逆転の発想で、イオンのもつ電荷をエレクトレット(永久電荷)として利用することに挑戦した。エレクトレットとは半永久的に電荷を保持する帯電体のことで、江口元太郎によって考案された材料である。マグネットが双極性の磁場を永久に発生させるように、エレクトレットは誘電体に電荷を埋め込んだものであり、半永久的に静電界を発生させることができる材料のことである。現在ではエレクトレットは、マイクロホンや集塵機などとして利用されている。一般に、エレクトレット材料としては、SiO2などの無機材料系と、フッ素樹脂などの有機材料系が使われている。SiO2を利用したエレクトレット材料は、シリコンのMicro Electro Mechanical Systems (MEMS)技術との整合性が高く、微細加工技術を利用してエレクトレット材料を設計・製造できることから、エレクトロニクスに多く用いられている14)。また、有機材料系ではフッ素樹脂であるCYTOP材料が、疎水性材料であり、非常に高い表面電荷を保持できることが報告されている15)。どちらの材料も、エレクトレット化を行う際には、高温に加熱して高い電圧を印加、もしくはコロナ放電を印加する必要があり、より簡易(室温および低電圧)で作製できるエレクトレット材料が求められていた。また、エレクトレットの性能向上のために、表面電荷密度を増大させる必要がある。そこで、我々はイオン液体を用いて電気二重層をエレクトレット化することに挑戦した。電気二重層エレクトレットが作製できれば、原理的には表面電荷密度が従来のエレクトレットと比較して100倍以上向上することができるはずである。また、室温で数V の電圧を印加するだけで電気二重層が形成することから、簡易にエレクトレットが作製できると考えた。

図2 (a)電気二重層エレクトレットの作製法。(b)電気二重層エレクトレットを作製時に電極間に流れる電流。UVを照射するとイオンが固定化され、ほとんど電流は流れない。


電気二重層エレクトレットを作製するために、電気二重層を形成した状態で、イオンを固定するにはどうしたらよいだろうか?イオンを固定化するためには以下の2通りの方法が考えられる。1)不飽和結合をもつ正負イオン液体を選択し、電気二重層を形成した後にイオン液体とポリマー材料の間で重合を行う、2)高密度のネットワークポリマーの中にイオンを囲い込み、イオンを固定化する。現段階では、いずれの方法でも電気二重層エレクトレットを作製することに成功している。作製の手順として、1)ポリマー材料、イオン液体、光重合開始剤を混合したものを電極(片側は透明電極であるITO)の間に挟む。2)イオン液体の電位窓を超えない程度の電圧を電極間に印加し電気二重層を形成する。3)電気二重層を維持したまま、UV照射をすることで、イオン液体とポリマー材料の重合、もしくはネットワークポリマーを重合させて、電気二重層エレクトレットを作製した。
果たして電気二重層を形成した後にポリマー内に本当にイオンが固定されるのであろうか?まず、イオンが重合反応によって固定化されていることを確かめた16), 17)。ポリマー材料とイオン液体を混合し、電極で挟み電圧を印加すると、イオンの移動によって電流が流れる。この電流は電圧を印加した直後は大きく流れるが、指数関数的に減少していく。また、電流がおおよそ数nAオーダーで落ち着くが、この状態で電気二重層が形成されていると考える。また、印加する電圧を反転させると、今度は反対方向に電流が流れる。したがって、電圧印加によって流れる電流は、イオンの移動によるものと考えられる。したがって、イオンとポリマー材料の混合物に UVを照射する前後で流れる電流量を比較することで、ポリマー内に固定化されているイオンの量を見積もることができると考えられる。
まず、不飽和結合を持つイオン液体によるイオンの固定について調べた。アクリレート系のポリマー材料と不飽和結合を持つイオン液体、および不飽和結合を持たないイオン液体を用いて、UVの照射前後で流れる電流を調べた。正負のイオンとも不飽和結合を持つイオン液体を用いた場合は、UVの照射後に印加する電圧を反転させてもほとんど電流が流れない。それに対して、不飽和結合を持たないイオン液体を用いた場合は、UVの照射後も、照射前と同じ程度の電流が流れることが明らかになった。このことは、不飽和結合をもつイオン液体を利用することで、重合反応によりイオンを固定化できることを示している。今度は、ネットワークポリマーを用いた場合に関しても同様な実験を行なった。その結果、正負イオンともに不飽和結合を持たないイオン液体を用いた場合は、UVの照射後も電流が流れるが、不飽和結合をもつ正イオンと、不飽和結合をもたいない負イオンを用いた場合は、UVの照射後にはほとんど電流が流れないことが明らかになった。何故、正イオンのみ不飽和結合を持つイオン液体を利用した場合のみ、イオンが固定できるのか不明であるが、ネットワークポリマーを用いた場合でも、イオン液体の種類によっては、イオンを固定化できることを示している。

図3 電気二重層エレクトレットを利用した振動発電素子の概念図。上部電極が電気二重層に接触、解離することで発電する。


上記の実験で、イオンをポリマー中に固定できることが明らかになったが、電気二重層が固定できているのかは自明ではない。そこで、作製した電気二重層エレクトレットを電極で挟んだ振動発電素子を作製して、その性能を調べた。電気二重層エレクトレットを用いた振動発電素子の概念図を示す(図3)。電気二重層エレクトレットに、電極を接触、もしくは解離することで、静電誘導で電極に電荷が蓄積、もしくは放出される。そこで、電気二重層エレクトレットの正イオン側を電極に接触・解離をした場合と、負イオン側を電極に接触・解離をした場合の発生する電流の向きを調べた。

図4 (a) 正イオン側、(b)負イオン側の電気二重層エレクトレットが電極に接触・解離した際に発生する電流を赤線で、電極の位置を青線で示す。


図4に電気二重層エレクトレットを利用した振動発電素子より発生する電流(赤線)を示す。電気二重層エレクトレットが、電極に接触・解離する際に電流が発生することがわかる。電気二重層の巨大な静電容量を利用できることから、静電誘導で電極に蓄積される総電荷量は巨大となり、大きな電力が得られる。直径5mm程度のサイズの電気二重層エレクトレットを利用した結果、一回の接触当たり0.3 uJの電力が得られることがわかった18)。また、電極に接触する直前から電極間に電流が流れている(図4挿入図)。振動周波数が早くなると、この電流は増加するが、これは静電誘導による効果であると考えられる。さらに、電気二重層エレクトレットが電極に当たった直後にも上下に電流が発生する。この時、電極は電気二重層エレクトレットを押し込んでいる状態になっており、電気二重層エレクトレットに圧力が加わったことによる圧電効果、または接触帯電による効果であると思われる。次に、解離時に注目すると、電気二重層エレクトレットの正イオン側と負イオン側で流れる電流の向きが反転していることがわかる。このことは、電気二重層エレクトレットの正イオン側と負イオン側で異なる符号の電荷が固定されていることを示しており、電気二重層が固定化されている証拠となる。電気二重層エレクトレットを利用した振動発電素子の発電量は、電極に接触する表面積を増大することで大きくなることは自明である。また、振動の振幅がある程度大きければ、低周波から高周波までの振動まで対応することができるであろう。現在、得られた電流を整流、蓄電して、センサの電源として利用する研究を進めているところである。

4.まとめ

本稿では、イオンを利用した新材料として、イオンを固定した電気二重層エレクトレットに関して紹介を行った。イオンをあえて固定化することによって、イオンの電荷だけを利用する新しいエレクトロニクスの可能性を示すことができた。本稿では紹介できなかったが、片側のイオンだけを固定化した電気二重層エレクトレットの作製や、それを利用した電界効果トランジスタなど新しいイオントロニクスの可能性が見えてきた。磁石が現代のエレクトロニクス産業に不可欠な材料であるように、この電気二重層エレクトレットには、人類がまだ見ぬ高い潜在能力が隠されていると筆者は信じている。イオントロニクス研究はまさにはじまったばかりであり、今後の発展が大いに期待できる。

文献

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